Twitterに曲をアップするのを、しばらくやめてみようと思います

ここ最近、もっといえばここ数年、ずっと悩んでいることがあります。

自分が本当に作りたいものはなんだろう

いろいろなものを作るのが好き

ぼくは作曲家の中でも、割と幅広いジャンルの曲を作っている方だと思います。

クラシック、ジャズ、電子音楽…たくさんの曲を聴いては、「自分でも作りたい!」と思い、作ってきました。

また、ここ数年でインディーゲームの音楽を作らせてもらう機会も増えてきました。そのおかげで、昔は全く触れてこなかったチップチューンと呼ばれるジャンルの曲も作るように。

ゲーム自体も子どもの頃からすごく好きだったので、音楽だけでなくゲームも作ってみたいと思い、実際に作り始めているものがあります。

さらに最近では、ディズニー作品にハマったことをきっかけにミュージカル調の歌モノ制作にも挑戦してみました。

曲を作るのもそうですが、曲を通して物語を描写するのが好きです。そして、物語を作っていく中で、自分の世界観を視覚的にも表現したいと思い、数年前からはほんの少しずつイラストの練習もするようになりました。

…こんな感じで、創作に関してはいろいろなことに興味が湧きやすい性格です。

やることをもっと絞っていくべきか

ただ、前まではやりたいこと全部プロレベルでやってやるぞ!と意気込んでいたのですが、さすがにそれは無理なことなのではないかと考えるようになってきました。

ぼくがいろいろなことに手を出している間に、音楽一本で努力している人たちとの差はどんどん開いていく。

いろんなことに挑戦するのは良いことだと思っています。ただ、あまりにもたくさんのことに手を出すと、どれも中途半端なまま終わってしまうことが怖い。

でも、それなら何に力を入れていけばいいのか。作曲のことだけを考えても、いろいろなジャンルを作るのが好きなので、どのジャンルで頑張っていけばいいか決められません。

Twitterから受ける刺激

そこで、現状を改善すべく、ネットで「やりたいことが多すぎる」と検索し、何か良い考え方がないか探してみました。

すると、

「やりたいことが多すぎる人は、外部からの刺激に反応しすぎている

というような意見を発見。

それを見て「まさに自分のことだ!」と思いました。

自分の経験を振り返ってみると、ぼくは特にTwitterからの刺激を受けすぎているのではないか、と思い当たります。

刺激その1:魅力的な作品

Twitterを見ていると、とても良い曲をアップしている人がたくさんいます。その中には、今までぼくが全く関わってこなかったジャンルの作品も多く、今の自分では作れないものであることがほとんど。

そして、そんな作品がたくさんリツイートやいいねをもらっていると、「いいなー、ぼくもそういう作品を作って注目を浴びたいな」と思ってしまい、実際にちょっとだけ作ってみようとしたりします。

どうやら、ぼくは「人は人、自分は自分」という割り切った考え方が苦手なようで、良いものを見ると、ぼくもそれを作れるだけの才能が欲しくなっちゃうのです。

でも、その情熱は一時的なもの。実際にそのような作品を作れるようになるためには継続的な努力が必要で、ポッと現れた情熱では達成することはできません。

これが、先述の「外部からの刺激に反応しすぎている」状態。一目惚れした作品に対して、「これがまさにぼくの作りたいものだ!」と勘違いしてしまい、努力の方向性に一貫性がなくなってしまっているのです。

結果、1つのことを突き詰めている人には敵わなくなることに。

一時的な情熱に流されやすいぼくにとっては、Twitterで魅力的な作品に出会うことがデメリットにもなるのではないでしょうか。

刺激その2:自分の作品への反応

Twitterでは、自分のアップした曲に対してリツイートやいいねがもらえます。それは嬉しい反面、自分への影響が大きすぎるところがあります。

ぼくは以前、とある曲をTwitterにアップし、結構反応をもらったことがありました。

それがとても嬉しかったので、続けて似たジャンルの曲を作ってアップしました。しかし、結果的には前作よりも反応は少なく、がっかり。

しかも、その作曲の動機が「Twitterで反応をもらうこと」だったせいで、作曲したことに対する満足度も低かったです。ぼくは何をやっているんだろう…と思いました。

Twitterに曲をアップしないようにしてみる

そんな経験も含め、Twitterを始めてからは「どうやったらいいね・リツイートがもらえるか」という疑問が、作曲をするときに多かれ少なかれついて回っていました。

どんなに「自分はそんな数字に影響されないぞ!」と意志を強く持っても、人は無意識に影響されてしまうものだと思います。

そこでタイトルに戻るのですが、これからTwitterへ曲をアップしないようにする期間を設けて、心の変化を見てみることにしました。

期間の長さは決めておらず、「何か自分に変化があるまで」という感じでふわっと考えています。

Twitterへのアップを前提としないなら、どんな曲を作りたいのか

Twitterにアップしないで、いわば自己満足のために作曲することにはどんなメリットがあるのか。一番のメリットは、素の自分を出せることだと思います。

日記に例えれば分かりやすいかもしれません。Twitterに今日のできごとを書くにしても、あまりにもプライベートなことや、人の悪口は書けないですよね。でも、自分の机の引き出しにしまっている日記帳にであれば、好きなことを書くことができます。

それと同じように、公共の場には発表せず、自分の中だけで好きな作曲をする。普段Twitterにアップする曲の中では表現しないことも、表現してみる。

それを続けることで、自分の作曲に対する考え方が良い方向に変わってくるのではないかと考えています。

ぼくは結構、作曲において複雑な技法を使うのが好きで、昔は良く凝った曲を作っていました。ですが最近は、聴いてくれる人のことを考えると、凝った要素は邪魔かもしれないと思ってあえて簡素な曲作りを心がけています。

その辺りも一旦は昔の考え方に戻し、自分でやりたいことをやってみようと思います。

好きなことを思い出すための実験

これは「本当に心の底からやりたいことは何か」を見つけるための一つの実験だと考えています。

作曲する目的というのは自由であるはずです。自分のため、あるいは自分の家族や友だちのためだけに作曲してもいい。それが、「Twitterで名を馳せるため」という理由に束縛されて作曲しているのは、音楽を楽しむという大切な心を忘れてしまっている気がしました。

今回の実験で、ぼく自身の視野がもっと広がって、もっとのびのびと創作ができるようになればいいな…と思います。

何か目に見える結果が出たら、それが良いものでも悪いものでも、またブログで報告しますね!